第2回韓国旅行 光州 その4 ― 2006年06月04日 09時10分28秒

のむけはえぐすり 第15弾
第2回韓国旅行 光州 その4
釜山からタクシーで高速道路を乗り継いで、たっぷり4時間かかって光州に着いた。
ホテルに荷物を預け、ホテルマンに早速、戦前の光州中学はどこにありますかと聞くと、知らないと言う返事だった。光州中学は戦前に何度か抗日運動の拠点になり、戦後の反政府運動でも有名なところだと思っていたので、意外な返事だった。
とりあえず地元のタクシーを呼んで、光州市から南の雲住寺(ウンジュサ)に向かう。一時間半ほどで、雲住寺に着く。山門の前のバス停では、薄墨色の僧衣を着て麦藁帽をかぶった尼さんが一人、バスを待っている。
雲住寺には、統一新羅時代の末期に、国運が日本に流されそうになっていたのを防ぐため、この地に千塔、千仏を建てることになったという言い伝えがある。仏を彫り上げていざ立てようとすると、徹夜の仕事に疲れた子供の僧が鳥の鳴き声を真似た。間もなく夜が明けると勘違いした石工達は天に帰ってしまい、仏は座ったまま残ったという坐仏がある。写真は雲住寺のその坐仏である。
寺の左手の山に登ると、所々に大小の石仏がある。さらに行くと、夫婦一対の臥仏がある。この仏が立ち上がった時には、ここが都になるという言い伝えがあるが、未だに、都になった言う話は聞かない。
庭に降りて九重の石塔を横に見て、山裾の木陰に時々立ち止まりながら、山門まで戻る。来たときよりは、幾分か日差しが和らいだ。バス停を見ると、先ほどの尼さんがまだバスを待っている。あまりに気の毒で、どこまで行きますかとたずねると、光州市内だという。ご一緒に行きませんかと言うと、初めは遠慮していたものの、さすがにこの暑い中、いつ来るとも分からないバスを待つのはしんどいと思ったか、「それでは」と言うことになった。
北へ向かう光州市への道すがら、尼さんと話していると、もっと南の方に、自分が信じているありがたいお寺があると言う。はるばる来た人達には、そういうお寺こそ見て欲しいのだと、いかにも残念そうだ。
今度は、こちらが「それでは」ということになって、再びタクシーは南を目指した。
コメント
_ サンウォン (Sang-Won) ― 2006年06月06日 15時37分11秒
_ 阿武隈川 ― 2006年06月06日 18時52分30秒
ネー!彼女~オ~。どこから来たノ~?乗ってかないって感じ?カナ?
この罰当たりがアーーー!!
この罰当たりがアーーー!!
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ありがとうございます。
ウンジュサはお寺が好きなワタシも行った事あります不思議なお寺ですね。
日本のオソレ山とはまた違った霊界と話しをする場所だと思いました。
この小さなお寺のホンゾンが蝋燭の光に金色に輝くと本当の阿弥陀如来様がごコウリンなさったのかと思いました。
時間を忘れ外に出たら美しい月が出てそれはきれいでしたので涙が出てきました。
今度は尼さまとご一緒の南のお寺ですね。楽しみにしています。