のむけはえぐすり;聖天院のびっくり6)供養塔の広場に並ぶ石像2009年09月23日 19時45分47秒

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり6)供養塔の広場に並ぶ石像

聖天院のびっくり6)供養塔の広場に並ぶ石像

手前が高麗王朝末期の政治家であり儒学者であった鄭夢周、奥が李朝の女流画家で良妻賢母の鏡といわれる申師任堂。

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり5)在日漢民族無縁仏供養塔2009年09月23日 19時47分43秒

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり5)在日漢民族無縁仏供養塔

聖天院のびっくり5)在日漢民族無縁仏供養塔

三塚博氏の手によって「在日漢民族・無縁之霊」と書かれている。

関東大震災や先の大戦で亡くなった朝鮮半島出身の無縁仏を供養しているという。

「韓」ではなくて、「漢」の字が当てられている。

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり4)高句麗王若光2009年09月23日 19時49分12秒

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり4)高句麗王若光

聖天院のびっくり4)高句麗王若光

666年に高句麗から帰化して大磯に住み、716年に駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、下野7国の高句麗人1799人をまとめて埼玉県高麗郡(今の日高)に移り住んだ。

没後、侍念僧の勝楽によって聖天院が勧進された。

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり 3)本殿2009年09月23日 19時51分15秒

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり 3)本殿

聖天院のびっくり3)本殿

平成12年に落慶した。本尊は不動明王。
落慶讃文に「顧みれば高句麗末裔、当地の開発に斧斤を揮ひ、民政の楽土を現成するを得たり、先人の功業、嗚呼、偉なる哉、大なる哉」とある。

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり 2)高句麗若光王陵2009年09月23日 19時53分19秒

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり 2)高句麗若光王陵

聖天院のびっくり2)高句麗若光王陵

立派な黒御影に刻まれた大韓民国の国務総理 金鐘泌氏の手になる墓碑「高句麗若光王陵」。

金鐘泌氏は1998年から2000年まで、日本の総理大臣に当たる国務総理であった。

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり 1)山門2009年09月23日 19時54分43秒

のむけはえぐすり;聖天院のびっくり 1)山門

聖天院のびっくり1)山門

天保3年(1833)に、6年間かけて完成したという。

扁額は下野国出流山浩然上人の筆による。天井の絵は江戸の画師南沢が描いたという。

木目が黒ずみ、継ぎ手の緑青が浮き、ついでに板が透けている。