「のむけはえぐすり」の訂正2012年02月26日 21時28分18秒






「のむけはえぐすり」の訂正

 

181弾  猿田彦の白髭神社の中ほど、

「逆に白髭神社の北に広がる高島平野には、古代には安曇(あど)川の地名の由来となった安曇(あずみ)氏がいて、継体の母、振姫が生まれた頃には三尾氏が支配していた。」

 

を、以下のように訂正いたしました。

 

「逆に白髭神社の北に広がる古代の高島平野には、安曇(あど)川の北に三尾君がいて、南に角臣が支配していた。」

 

理由

1)安曇氏は福岡県にある綿津見の三神を祀る志賀海神社の辺りが発祥の地で、大阪の難波を拠点にして、広く海産物を貢献する漁労民である海人集団の全般を統率する地位にあり、7世記には百済との外交に活躍した(古代豪族の謎、114P)。

 

2)近江で地名に安曇があるところは、伊香に安曇郡(倭名類聚抄)があり、高島に安曇(あど)川の地名がある。多分どちらも、安曇(あずみ)氏の安曇が由来なのでしょうが、本貫地として記載されているのは伊香の方だけである(古代豪族の謎、123P)。

 

2)白髭神社周辺の古代の豪族は、南に小野臣がいて、北の高島平野には安曇川を挟んで、北に三尾君、南に角臣がいたとされている(大津市史、古代第1巻、107P)。

 

4)そこで、「高島平野に安曇氏がいた」という記述を削除して、大津市史の記述のように変更した。




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