のむけはえぐすり;第75弾 原善三郎の話 その53 ジャーディン・マセソン商会 アヘン2007年12月23日 19時33分13秒

のむけはえぐすり;第75弾 原善三郎の話 その53 ジャーディン・マセソン商会 アヘン

第75弾 原善三郎の話 その53 ジャーディン・マセソン商会 アヘン

  アヘンの原料となるケシは、インドでは古くから薬として使われていた。現代医学でも、アヘンの主成分であるモルヒネは末期癌の疼痛緩和に使用され、毒性の少ないコデインは咳止めや下痢止めとして使われている。   食用にもされていたというが、今でもアンパンの上には、焦げたケシの実が使われている。

  アヘンは、インド北東部のガンジス川下流、ベンガル地方の農業地帯で栽培されていた。だが、そのまま煎じたり食べたりするには、とにかく苦くて不味い。

  それを手間ひまかけて成分を抽出して固め、いぶして煙で吸えるようにしたのが、東インド会社特製のアヘンだ。だが、使っているうちに、必ず禁断症状が発現し、止められなくなり、廃人となり、3年以内には死に至る。その姿は悲惨で恐ろしいものだった。

  そうなることが分かっていて売りつけたとすれば、かなりあくどい話である。現実に、国がそれをやった。イギリスの東インド会社は中国から紅茶を輸入する代価に困り、アヘンの製造販売に手を染めた。ベンガルの初代総督ウオーレン・ヘイスティングさんなどは、アヘンを専売制にし、その儲けを独り占めにしようとする念の入れ方だ。

  こんなものを使う方も使う方だと思うのだが、中国では上流階級の、それも政治や経済の中心にいる人達にサロン的な感覚で広がっていった。1765年には200から300箱が輸入された程度だったが、1821年には4000箱、1837年には34000箱も持ち込まれるようになった。最盛期には中毒患者は200万人にも達し、中国社会は中枢から堕落していった。

  一箱というのは、精製されたアヘンが大粒のリンゴ程の大きさに固められ、その玉が上段に20個、下段に20個積まれた木箱のことだ。徹底した生産調整によってアヘンの価格は上昇し、1797年に一箱264ルピーだったものが、1840年には1000ルピーにも跳ね上がった。

  産地や精製法によって等級に分けられ、ベンガル産のアヘンは中国では「大土」と呼ばれる高級ブランドとして扱われた。とりわけパトナ産のものは「公班」あるいは「烏土」と呼ばれる最高級品だった。インドの中部や西部も産地として名乗りを上げ、「マルワアヘン」や「白土」というブランドを世に出した。

  アヘンはインドの一大産業に成長し、1842年にはアヘンによる税収はベンガル植民地政府の歳入の20%にも達した。アヘンはカルカッタに集積され、箱には「東インド会社」の認証が貼られ、船積みされて中国へと運ばれていった。     中国では、広東に運ばれた。1755年に東インド会社の社員が中国に初めてやって来て、その2年後から、広東は中国における唯一の貿易港となっていた。

  その頃の広東のイギリス商館には、東インド会社の船荷監督や書記が20人、外科医(!)が二人、牧師も一人いたとされる。それ以外の商館にも船荷監督がいて、合同で支配人会(Standing Council)を設け、中国における東インド会社の事務を担当していた。その船荷監督以外にも、東インド会社から取引免許状を受けて、自ら貿易を行っていた私商(Private trader)がいた。

  どの立場の貿易商人もモンスーンが続き貿易が不可能な冬場はマカオで過ごし、貿易の時期だけ広東に住むように規制され、公局(Select Committee)と呼ばれていた。1770年以降は広東に常駐するようになり、そのような外国商社は1837年には39社にのぼった。その中で、ジャーディン・マセソン商会は最大手であった。

  写真は、Maggie Keswickさんが書いたジャーディン・マセソン商会の150周年記念に刊行された本、“ The Thistle and the Jade” の表紙である。Chris Mooreさんの作品で、中国を象徴する翡翠(Jade)で作られた竜と、スコットランドの国花のアザミ(Thistle)が描かれ、ジャーディン・マセソン商会の中国名の怡和(Ewo)と書かれている。

  1800年頃の広東にあったイギリス商社は、東インド会社のライバルでもなく、強引に割り込んだわけでもない。東インド会社のお墨付きを得た特約店のようなものだったわけだ。

  参考文献   1)譚璐美:阿片の中国史 新潮新書、新潮社、2005

 

2)矢野仁一:アヘン戦争と香港 中公文庫、中央公論社、1990   3)Maggie Keswick:The thistle and the jade A celebration of 150 years of Jardine, Matheson & Co., Octopus Books Limited, London, 1982

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