のむけはえぐすり 第71弾 原善三郎の話 その50 Aberdeen取材旅行 Scot Rail2007年10月21日 06時45分12秒

AberdeenからEdinburghに向かう電車

のむけはえぐすり 第71弾 原善三郎の話  その50 Aberdeen取材旅行 Scot Rail

Scot Rail(スコットランド鉄道)のアバディーン駅の切符売り場で、「8時20分発、エジンバラまで、大人一人」というと、駅員が「今日、戻るのか」とよけいなことを聞く。「いや、明日ですよ」というと、確か70ポンドくらいを払ったと思う。渡された切符を見ると、帰りの切符が含まれている。何のことはない、私が往復という意味の「return」と答えればよかったらしい。

写真は、AberdeenからEdinburghに向かう電車だ。

ちょっとした「世界の車窓」気分で、海側の席に座る。ワクワクしながら、構内のWHSmith店で買ったパンを食べる。電車が走り出して、ものの数分も経たないうちに、街並みはとぎれる。いきなり、えぐれた崖の入り江を臨む景色が繰り返される。

海岸と鉄道との間に少しの空き地があれば、羊の背丈ほどの石垣に囲まれた牧草地になっている。だが、羊の姿はほとんど見えない。岬の突端には、崩れかけた小さな家が見える。

次の駅も次の駅も、駅の周囲に家が少ない。乗る人もまばらだ。陸地を見ても、平坦な丘のところどころに、思い出したように家が置かれている。はるか向こうには、なだらかな山が見える。森が少なく、さらに平地が続く。

切符の点検に車掌がやってくる。切符を見せると、黒マジックでチョンと印を付ける。万事が簡素だ。

9時32分、スコットランド第4の都市、Dundee(ダンディー)に着く。ダンディーの町は、幅広い入り江が北海に続くテイ湾に面している。かつてはジュートという麻布作りで栄えたそうだ。駅の構内全体が鉄錆色で、廃鉱に紛れ込んだような雰囲気だ。乗り降りする人は多く、空席が埋まり始める。電車は再び快調に走り出す。  

やがてテイ湾に架かる橋が見える。細い橋桁でやっと支えられているような橋で、広い川幅の中で、今にも流されそうだ。渡る自動車も人影もない、今はもう使われていないのかと思っていると、だんだん電車がそちらに向かっていく。電車は、なぜか徐々に速度を落とす。  

「まさか・・・!?」  

「やっぱり・・・」  

「よせ!!」  

電車はおもむろに橋を渡りだす。いつごろに作られたのか、橋梁は鉄の円柱で構築され、円柱には鋲が10cm位の間隔で打たれている。橋桁を見ると補強工事中の作業員が手を休め、「渡ってみて」という顔で、こちらの足下を見上げている。   どうにか橋を渡り終えると、再び電車は自信を取り戻して、飛ばし始めた。   広々とした砂浜に、犬と散歩する老人が見える。浜辺の丘陵を早足で歩く夫婦の姿が見える。遠浅な海の中に、木の枝が並べて立てられているのを、ぼんやりと眺める。

とある駅に停車する。古い引き込み線があり、傍らに鉄のトロッコが横倒しにされて、朽ちかけている。線路には草が伸び放題で、ところどころに子供の背丈ほどで、茎の上の方に総(ふさ)のようについたピンクの花が、まとまって咲いている。

そういえばと、アザミの姿を探すが、見当たらない。アザミはスコットランドの国の花だ。赤紫の花と、その下のふっくらとした緑に触れた時の、思わず感じた棘の痛みを思い出す。

旅も、終わりに近づいている。

今回の旅は、横浜の英国一番館、ジャーディン・マセソン商会を創立した二人、William  JardineさんとJames Mathesonさんが、アバディーンの出身だと分かった時から始まった。   アヘン戦争の直前の1839年3月に、Jerdineさんはジャーディン・マセソン商会を辞め、一人イギリスに帰国した。ロンドンに住み、自らが下院議員となった。議会で自由貿易を唱える傍ら、中国に対する強硬な外交を主張した。1943年2月、59才で亡くなった。   Mathesonさんの方も1942年に帰国し、やはり下院議員となった。

ジャーディン・マセソン商会の創立150周年を記念して発行された、Maggie Keswickさんが書いた社史の名は、「Thistle & Jade」。アザミと、中国を表す翡翠という意味だ。

Scot Railから見たスコットランドは、野原に咲くアザミのように質素だった。   「アザミの歌」を地でいくような、例えば横浜のジャーディン・マセソン商会には薔薇とポピーの花園があって、その中にアザミが一輪咲いていたという、そんな出来すぎた話があったかどうか。   横浜に帰ってから、ジャーディン・マセソン商会について、アヘンをキーワードに調べてみようと思う。

10時50分、終着駅、Edinburgh到着。

参考文献

1)石井摩耶子:近代中国とイギリス資本 19世紀後半のジャーディン・マセソン商会を中心に、東京大学出版会、1998