第21弾 原善三郎の話 その3 国立第二銀行 ― 2006年08月13日 00時23分47秒
第21弾 原善三郎の話 その3 国立第二銀行
生糸の相場は、ヨーロッパの景気に左右され、投機の対象となる。価格が下がると融通が利かなくなり、潰れる中小の売込商も多い。そのままでは、バブルの後のように外国商社の良いようにされてしまう。危機感を覚えた幕府は、慶応3年に御勘定所御貸付御用所の三井さんを通じて、売込商に資金を貸し付ける。野沢屋の茂木惣兵衛さんなどは、5ヶ月間に2万5300両も借りている。
幕府は、その資金で生糸だけではなく、洋銀も買い付けさせる。この洋銀がいけない。幕末でかなり質が落ちたとはいえ、こっちは金だ。それなのに、相手からは銀の中でもとりわけ粗末な洋銀をつかまされる。明治になってもこの構造は続き、為替レートを変えてくれと頼んでも、不平等な条約を楯に変えてくれない。金は流出するし、インフレは進む。
貨幣制度を変えたい政府は、善三郎らを商法司に任じて、政府に代わって太政官札を貸し付けさせ、なんとか流通を図る。だが、紙に印刷しただけの不換紙幣は、誰も借りたがらない。銀行業務の権限への許可を小出しにしながら、通商司、横浜為替会社へと形を変えていく。いずれも、初めの目論見とはほど遠い結果に終わっている。
最終的に、明治7年の国立第二銀行になる。国立といっても、別に国が金を出してくれたわけでもない、国が定めた法律でできたという程度の話。実状は株式会社で、善三郎は500株で筆頭株主、兼初代の頭取。茂木惣兵衛さんは300株で2位。銀行の資金を有利に運用するが、実際の資金繰りは厳しかったようだ。
時代は降って、茂木さんが自分の銀行のようにして借金しまくっていた第七四銀行が、大正時代の不況で破綻する。善三郎らに助けられ、第七四銀行は横浜興信銀行に生まれ変わる。昭和3年には、国立第二銀行もそこに合流する。昭和32年、横浜興新銀行は横浜銀行へと名称が変わる。
馬車道駅は、横浜銀行旧本店跡地につくられた。駅の壁は茶色のレンガ造りで、当時銀行で使われていた金庫が埋め込まれている。そこの案内には、国立第一銀行横浜支店の金庫と書かれている。
国立第二銀行のあった場所は、本町3丁目45番地。明治30年頃の地図で見ると、今の広い直線の関内大通が、その頃は、くの字に曲がった馬車道よりも細い道である。その道と本町通の交差点の角、今のみずほ銀行のある辺りが、昔の国立第二銀行のようだ。
国立第一銀行横浜支店のあった場所は、本町5丁目46番地。その地図で見ると、今の東横イン辺りということになりそうだ。国立第一銀行は三井組と小野組が協力して作った銀行で、渋沢栄一さんが初代頭取。とうの昔、三井とは袂を分かち、第一勧業銀行を経て、今はみずほ銀行になっている。
本町通とみなとみらいに分かれる道の三角形の土地に、横浜アイランドタワーがある。写真は、その東側の端に移された国立第一銀行の建物である。移転する前まで、横浜銀行本店別館になっていた。
国立第一銀行横浜支店と言ったらいいのか、横浜銀行本店別館と言ったらいいのか。銀行の統廃合は、今とは比べものにならないぐらい激しい時代があったことを、物語っているのかも知れない。
参考文献
1)西川武臣:幕末明治の国際市場と日本 生糸貿易と横浜、雄山閣、1997
2)太田愛之、他:日本経済の二千年、勁草書房、2001
3)横浜市史第3巻上・下、横浜市史第4巻上・下、有隣堂
コメント
_ editor ― 2006年08月13日 01時31分30秒
_ のむけはえぐすりの薬効 ― 2006年08月14日 02時30分14秒
大変申し訳ないのですが、大正年間に茂木さんを助けたのは、善三郎ではありません。その頃は、富太郎さん、三渓翁の時代になっていました。 善三郎は、明治32年(1899)に、72才で逝去しています。
_ 言い訳名人 ― 2006年08月22日 12時58分34秒
大正年間に茂木惣兵衛を助けたのを善三郎とした、間違いの元が分かりました。茂木惣兵衛は1,2,3代目も、同じ名前だったのです。6代目、三遊亭円生みたいな感じだったんです。
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ところでこの写真の右に写ってる車ミニクーパーなんですよ。僕が若い頃は初代のミニクーパーが大人気でした。ミニクーパーSなんかものすごい人気でした。あの極限のサイズでゴーカート感覚のめちゃ速さ。
現在のミニクーパーは結構マッチョになってますが。