のむけはえぐすり 第8弾 チマチョゴリの話2006年03月27日 18時59分52秒


のむけはえぐすり 第8弾 
チマチョゴリの話

民族衣装はどこの国でも美しく、その国の女性を一番美しく見せる術(すべ)と、風土的な合理性を持っている。とりわけチマチョゴリは、袖の曲線の優しさ、襟の凛々しさ、合わせのゆったりとした優雅さという三つの美を追究し、その色合いの華やかさと共に韓国の女性を引き立たせている。

チマチョゴリは騎馬民族が着ていた胡服が原型だとされている。チマチョゴリと一口に言うが、巻きスカート状のチマ(襦)と、上着のチョッキのように見えるチョゴリ(裳)を一緒にして、そう呼んでいる。男性のズボン状のものはバジである。下にはソッチマというペチコートのようなものと、ソッバジというステテコのようなものをはいている。

 チマは左脇から反時計回りに後ろ、右、前へと巻いていくので、左手でつまむと歩きやすいと、着付けの本に書いてあった。そこで思い出すのは、チャングムのイ・ヨンエがスラッカン(水刺間)を運動会のように走り回る姿だ。
 実はもう一つ、チマチョゴリを着た女性を美しく見せている術は、オッコルムと呼ばれるリボンだ。いつもむすび目がフワッとしていることに、感心していた。安全ピンで結び目の後ろを止めるという、裏技が使われているらしい。

 民族衣装はその国の舞踊とは切り離せない。チマはクルクル回ると、美しく広がる。ちょうど木槿(ムグンファ)の花が散るときに似ている。
 660年、百済滅亡の折、終焉の地である扶余(プヨ)の扶蘇山城(プソサンソン)で、3000人の女官達が白馬江(ペンマガン)に身を投げた。助からないようにチマを茶巾絞りのようにして身を投げたと言い伝えられている。その様がまるで花が落ちるようだったというので、その崖の岩は落花岩(ラッカグアン)と名付けられた。写真は、白馬江に浮かぶ船からみた落花岩である。

その頃のチマは、時代はやや下がるが、高松塚の西壁に描かれた赤や緑の縦縞の裳を着た女性の姿を思い浮かべればよいのだろう。かつて旅行した扶余か慶州の国立博物館で、百済や新羅の服装の違いが展示されていたが、違いが自分には分からなかったくらい似ていた。

コメント

_ bushi ― 2006年03月30日 02時30分26秒

はい、チマチョゴリほんとに素敵です。韓国では大長今に続いて、最近では“ワンエ ナムジャ(王の男)”という映画の大ヒットで、(観客動員数がブラザーフッドを越えて歴代1位になったそうですよ。)時代劇ブームと共にハンボク(韓服)もその美しさが見直されてきているそうです。

そこで、この“王の男”大、大、大、大注目です!!

映画の背景は、朝鮮時代のヨンサン朝(1494∼1506)。グァンデ(廣大)と呼ばれる仮面演劇、綱渡り、軽業やパンソリなどをする役者たちとヨンサン王の話。
無所不為にふるまう王でさえ、手にすることのなかった、一番手に入れたかったもの、本当の自由、スピリット、enthusiasmをこのグァンデの中に見つけるんですね。

朝鮮時代初の宮中グァンデたち (町で、元ギセン(妓生)を妻にした王を冷やかしたネタで仮面劇を演じ、観客を笑わせ、その罪で宮廷に処刑のされるために連行されたが、毎日のように続く医女たちによる宴会に飽き飽きしていた王こそが、その演劇に深く心奪われていく…) を取り巻く、嫉妬、恨み、復讐、陰謀、そして純愛。(ぜひ観ていただきたいので詳しくは書きません!)

グァンデたちの悲しくもの強く美しい生きざま、華麗な悲劇ともいうでしょうか。私はとても感動しました。あの耳障りな韓国のサッカーサポーターたちの必需品であるケンガリや、太鼓の音が、劇中ずっとすごく心地よく聞こえて、自然と自分の中でも興が沸き起こってきたりして。グァンデたちの技や滑稽な演技、人々のの衣装まで、すべてが見ものです。

私は卒業式で韓国に帰ったときに観たんですが、何度でも観たい! 早くDVDがでてほしい! 日本で公開してくれないかと、期待してます。DVDを手に入れたら、フライペンで上映会をしたいと思ってます!

http://www.kingsman.co.kr/ (映画の雰囲気だけでも…)

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